一夜にして借金だけが残った状態。今から考えるとぞ〜っとします。自分でもよく前に向き続けることができたなぁと思います。あつかましくも再び同じ工具商さんにお願いに行ったわけですが、これがまた、二つ返事で準備してくれたのです。本当に感謝です。
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実はこうして独立した時に、私についてきてくれた人間が二人いました。一人は山尾君という元気な若者(元の会社の後輩。現在は整備工場経営。)そしてもう一人は私の妻予定者です。三人で将来を夢見て、勢いだけはある状態(むこうみずな冒険状態とも言う)でした。実際の活動の中で起きる困難の部分なんて、何もわかっていない状況だったのです。だからこそ、初日に出バナをくじかれてもへこたれなかったのかもしれません。 |
| そんなこんなの船出だったのですが、仕事といえば最初はお客様作りから。これがなかなか難しい!工場・店舗を持たず、アパートの一室を事務所にしての、巡回サービスを主体とした仕事ですから、なかなかお客様からの依頼はありません。受け身だけではまずムリです。 |
最初は友人知人を頼りにしますが、そればかりでは続けることなどできません。あとは、しがない渡世人、流しの整備屋稼業とでも申しましょうか。大雨の日など、ガード下の低くてよく水のたまる場所を巡回すると、エンコした車に出会い、近づいていくとたいてい応急修理をさせてもらえたのです。当時は結構ありました。
また、3,000円ほどの修理料金で、淀川からはるばる松原へ出張修理に行き、一日がかりでやったわりの合わない仕事もありましたし、売上げゼロの日もよくありました。
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食事は朝パン(100円)、昼パン(100円)、夜インスタントラーメン×2とご飯(300円)が定番メニュー。根性出せば結構やれるもんだなぁと思いますが、とにかく私の場合は周りの優しさに恵まれていたことが大きいと思います。流しの巡回の時に出会い、そこからお付き合いを始めてくれた人も出てきて、少しずつお客様が増えてきました・・・・・。
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